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2014
05.25

左目

Category: 健康
連休明けに左目の具合が悪くなり、眼科で診てもらったところ、黄斑部に孔が空いてるという事で、緊急手術、入院していました。黄斑円孔と言い、直ぐに失明はしませんが、そのままにしておいても良い事はないので、3年前に網膜剥離の手術でお世話になった先生にお願いして直ぐに手術をしてもらいました。

幸い術後の経過も良く、一週間の休みで明日から仕事に復帰します。
お願いして早目に退院させていただいたので、眼球内にまだガスが残っていますが、リハビリしながらの仕事になります。

そういう訳で農場の田植えは手伝えなくなりました。6月1~2週に予定していますが、デスクワークまでで体を動かす事や運転はNGですのでやむを得ません。息子の話では草刈りは終わり、代掻きも数日で終わるようです。田植え機で田植えまでで、手作業の補植は無理でしょうね。

人生の予定は、またまた未定になりました。それでもポジティブシンキングでしょうね。

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2011
07.16

網膜剥離日記(5)

Category: 健康
病院生活
1週間以上の入院は初めての体験でした。
看護師(ナース)さんは若い方が多く(私から見れば)、皆さんきびきび仕事をしています。受け答えも友達感覚の話し方で、当初は戸惑いましたが慣れれば楽です。またヘルパーさんもお茶や食事、買い物等に車椅子を押してもらったりと感謝です。
看護師さんは日勤(9:00~18:00)、夜勤(18:00~9:00)をいろいろな組み合わせの時間で勤務しているよです。入院中に同じ看護師さんが2~3回担当されれば良いほうで、1回だけという看護師さんもいてコミュニケーションという点ではどうかなと思います。(引継ぎ等は完璧にされていますので、問題はありませんが)
ヘルパーさんは夜勤はありませんが朝番(5:30位から)と夜番(20:00位まで)がありますが、医療業務以外はほとんどやられているようで頼りにになりました。

退院~
退院時の視力は0.5位ありました。但し、歪みが上下左右方向にあり、全体に小さく見える症状があります。先生に聞きましたが、三ヶ月ほどで治まった人がいますと言うことで私の場合はどうなのかは様子を見ましょうということでした。(不安が残ります)

退院の翌週に外来で診察に行き、ガスもほとんど抜けているのでリストバンドを外されました。(この時点ではまだ残っているのがわかりますので自宅療養続行です)
「次回からは地元のかかりつけの眼科に戻って定期的に受診してください、紹介状の返信、連絡事項は別途郵送しておきます。」と言うことで地元の眼科へ翌週行きました。

「経過は順調です、このまま普通に生活してください。」、
「普通の生活とはどの程度まで動いてもよいですか?」(とにかく聞きまくりです。帰宅してから網膜剥離のことや手術のことを調べてこの病気のことを遅ればせながら理解したところです。)
「頭を左右に動かす動きはだめです。したがって、スポーツや激しい動きの仕事は控えてください。それ以外は普通で結構です?」
なんともわかりにくいですね~ 

退院後2週目(手術後1ヶ月)
朝起きてから近所の公園まで散歩、帰ってから朝食を食べ1日が始まります。1日4回の点眼は忘れずにします。

そういえば手術後も目の周りは相当腫れていましたが、痛みは我慢できるレベルでした。入院中も退院してもたまにうずく時はありますがほとんど痛みはありません。痛み止めも飲んでいません。

目のゆがみはそのままです。タイルやレンガ状の四角い道や駅の階段等は水平がわかりづらく手すりをつかまりながら上りました。
テレビを見てもテロップ等の文字も波打って見え、柱もまっすぐには見えません。パソコンも久しぶりにスイッチを入れましたがモニターは普通のテレビよりも精細なので、ゆがみ具合もよりひどく見えました。さすがに落ち込みました。いろいろ考えちゃいます。
リハビリも兼ねて疲労度の少ないノングレア液晶(外光等の移り込みや反射を防ぐ)モニターで1日2~3時間ほどこのブログを書いています。入力は文字を18ポイントと大きくしテキストエディター上で打ち込んでからアップします。まだ通常の文字(10ポイント)では疲れます。(ノートPCは光沢タイプで疲労度が増して使えないと思っていましたが、冷静に考えると反射防止のフィルムが売っているのに気がつき、早速買ってきて貼ったところ良い感じです。このブログからノートで再開です。)

人体の不思議
ゆがみや見え方の症状は改善しているのかどうかはわかりませんが、脳の方で調整を始めたようです。手術をした左目は老眼もひどくなり新聞等は読めません。目から離すと見えますが、今度は歪みがひどく読めません。但し、両目で見ると不思議なことに新聞は読めます。良いほうの右目で見える物のみを見ていることにしているようで、左目のだめな情報(見えない)は無いものとして処理をしているようです。
中距離や遠くはまだ左右の目で見えたものをどうするかせめぎあいしているような感じです。最悪左目は現状のまま推移するかもしれませんが、脳の働きで上手く補ってくれるようなら、それもありかなと考えるようになりました。まだ治ることについてあきらめてはいませんが、人体の不思議の目編を体験中です。

ひとまず網膜剥離についてはこの辺でお開きにし、日常の生活の中で書いていきたいと思います。
無理をしない程度にガテン(気持ちから)です。
次は小淵沢にリハビリを兼ねて2泊3日で2ヶ月ぶりに行ってきましたので書く予定です。術後初の中距離運転しました。
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2011
07.09

網膜剥離日記(4)

Category: 健康
手術後
約3時間の手術を終え無事戻ってきました。先生は成功したと言っていますが、自分の目で見ていないのでまだ半信半疑です。以前レーシックをして角膜をいじっているので、正確な視力を得られるかは経過を見ないとわからないようです。

※網膜剥離と言うと一般的にはボクサーとか殴られたとか何かを目にぶつけたとかが原因と思われます。私の場合も当初は聞かれましたが、直接の原因はわかりません。しいて言えば過労により体の一番弱い部分が目だったので、そこに来たと言うことでしょうか。
また強度近視だったことも一因でしょう。(手術中も先生と助手の先生の会話で目の中に膜があり、強度近視の人には多くあるそうで切除しましょうと切っていました。)
とにかく目に異常を感じたら面倒でも早めに眼科で受診されることをお勧めします。

そう言えば昼食は抜きだったので夕食は完食しました。

入院日数(12日間)
入院日数は本当は14~16日間になりそうだったのですが、自宅で安静にし外来で受診することを条件に早めに退院させてもらいました。

入院生活
基本的にうつ伏せスタイルで過ごしました。手術よりもこれが結構つらかったですね。先生も手術後は「後は患者さんのがんばり次第です!」と励ましの言葉を言います。
なぜうつ伏せのスタイルかというと、網膜は眼球の奥側にあり、はがれた網膜は冷凍凝固法(ドライアイスのようなもので網膜壁に貼り付ける)で元の位置に貼り付けただけなので、自然に貼りつくのを待ちます。ただそのままでは剥がれやすいので眼球内の硝子体の液を抜いてガスを注入し、その圧力で止めます。アドバルーンのようにガスは上にいくので、うつ伏せスタイルつまり網膜が上側になり、はがれた網膜を押さえつけて張り付くのを待つと言うことです。私の場合は7日目でようやく右目(手術と反対側)を下にして横向き寝がオーケーになりましたが、基本のうつ伏せは退院まで続行でした。

05_hakuri_gas.jpg 眼内ガス注入後

枕はCの字の枕がベッドに置いてあり、そこに顔を沈めて寝るようです。試しに寝てみましたが息苦しくなり眠れません。
・食事するテーブル(上下できる)をベッド横に移動して、ベッドに腰掛けた状態で腕枕で寝る。
・Cの字枕で顔を移動しながら寝る。
・あご、胸に普通の枕を敷いて、タオルを折って頭を乗せて寝る。
・イスに座った状態で寝る。
等の動作を繰り返しながら寝る努力をしました。熟睡はできませんが疲れて意識がなくなって寝たかなと言う感じです。

入院生活の一日
毎日ほぼ時間通りのスケジュールで生活します。各患者さんの病状ごとに違いはありますが、食事等は同じです。
6:00 起床
7:00 お茶(ヘルパーさんがコップに入れてくれます)、朝の血圧、体温測定。
7:30 朝食(内容を選択でき入院2週目からはパン食にしました)
8:00 点眼(診察前に瞳孔を開く目薬を差す)
8:15 眼科外来へ行くお迎えの車椅子が来て、ヘルパーさんに運んでもらう
8:30~9:30 診察
9:30 1回目の点眼(1日3種、4回の点眼です。退院後も継続してます。)、点滴(術後5日間)
11:00 お茶(蒸しタオル;顔拭き用)
11:30 昼食
13:00 2回目の点眼
17:00 お茶、3回目の点眼(蒸しタオル)
17:30 夕食
19:00 血圧、体温測定
20:30 4回目の点眼、点滴
21:00 消灯

顔は基本的に洗っていません。蒸しタオルで拭いていました。歯は磨けます。洗髪も当然駄目ですが、私はちょうど丸刈りにしていたので蒸しタオルを多めにもらい頭を拭くだけですがよかったです。頭を洗ったのは結局退院してからでした。
お風呂は2回入りました。手術後9日目と11日目の2回、先生の許可をもらい浴場に行きました。なんといっても熱海ですから!お風呂も温泉です。洗い場は4人、浴槽も6人位は入れるお風呂で海が見えるお風呂です。残念ながら頭は洗えないし、顔には水がかからないようにガーゼ等で目をガードしての入浴でしたが気持ちが良かったですね~ 
湯上りにビールを飲めたら満点なんですがね~

相部屋の方で糖尿を患っている方は、これに血糖値測定、インスリン注射等が加わっていました。
上記の時間以外は自由時間となりますが、いかんせん当初はうつ伏せ(下向き)が基本ですからもっぱらラジオや音楽を聴いていました。

入院のお供
今回は小型ラジオ、iPod touchが役に立ちました。目を使うテレビはほとんど見ませんでした。
iPodには音楽以外にポッドキャストで朗読や海外旅行の話等、耳で聞く内容をかなり入れていたので役に立ちました。夏目漱石の「ぼっちゃん」、「吾輩は猫である」は全部聞きました。
またカレンダーやノート等のアプリを使って日記やメモをしたり、病室の写真や自分の目の写真を記録したりし、家族には病状報告代わりに目の写真をメールしていました。
残念ながらiPhoneではないのでニュース等の情報を入手することはできなかったので、朝の診察の帰りにヘルパーさんに頼んで売店に行き、新聞や缶コーヒー等を買っていました。(退院するまで病棟以外の場所へ行くのは禁止されていました。)
もう遅いですが退院後にモバイルWifiルーター(Docomo HW-01C + B-mobile SIM U300半年用)を入手しました。これがあればもっと楽しめた気がします。

経過
手術後4日位は見えませんでした。真っ暗ではなく、眼内に入れたガスがまだ多くあり白く煙ったように見えます。また目の上下まぶたが腫れ目をふさぐ形になり、目を開けずらい状態でした。
この腫れは一週間たってもなかなか引かず心配しましたが、引出したら早かったです。(本当に殴られた後のようでした)
毎朝の診察で網膜の張り付き具合を見ていますが、1~4日までは経過は良好です。5日以降はまだ網膜は張り付いていませんが、はがれてもいないので順調です。8日目に良好です、うつ伏せ以外に手術をした左目を上側にして(右向きで寝ても良い)、横向きで寝ても良いでしょう。
ようやく許可が出ました。個人差がありもう少し早く横向きの許可が出る人もいるので心配でしたが一歩前進しました。左向きはNGなのは、私の場合網膜が上下ともに剥がれ、真ん中部分も穴がかなり空いていたようです。左向きNGの方向に穴が空いているので負担を減らすと言うことでしょう。
退院した今も寝るときは、上向きと右向きでほとんど寝ています。(無意識に左向きに寝返りをうつ場合がありますが止むを得ません)

※入院時に説明を受けましたが、人間の網膜に映る像は天地左右逆の位置だそうです。
従って、上側が黒い影で見えないというと上側の網膜が剥離しているのではなく、下側の網膜がはがれていると言うことです。左右も同様に左がおかしいと言うことは右側がおかしいと言うことです。

5日目以降は飲み薬、点滴もなくなり、目薬だけとなりました。ただ1日4回が2種類、2回が1種類で5分間隔で差します。私は目が腫れていたのとガスが入っていて見づらいため、5日目までは看護師さんに差してもらいました。
9日目以降は極端にうつむき姿勢はとらなくても良いと指示が出ました。これで暇なときはディルームに行きお茶を飲みながら海の景色を眺めたり本を読んだりしていました。疲れたら病室に戻りお昼寝です。

12日目(週末の金曜日)の朝の診断で経過は順調で眼内に注入したガスも大部抜けてきているようです。週明けの月曜か水曜なら確実に退院できると言うことでしたが、お願いしたら急遽退院許可がでました。次週の水曜日に外来に受診すると言うことで許可です。静かにしていることは治療とは違ったつらいものがありましたが、退院が決まり良かったです。アケちゃんに連絡をして迎えに来てもらいました。

※眼内に入れたガス
速い人では1週間ぐらいで抜けるそうですが、私の場合は17日目で抜けたと思います。
手術後に入院時に左手に氏名等のラベルを付けられ、左手にはこの眼内ガスについてのラベルをつけられました。説明用のカードや書類ももらいました。要するこの人の目の中にガスを注入してあります。事故等でこの人を治療する場合は記載してある主治医まで連絡してから治療を行なってください。と言うことです。
患者用には飛行機は禁止、山等の気圧の高いところも禁止とあります。(過去、本当に飛行機に乗って着陸したときは失明していた人がいたそうです。)
山梨は行けるのか?不安がよぎります。小淵沢駅やIC付近は1,000m、農場は750m、清里等は1,300m~ 標高が高い方です。たしかお菓子袋を横浜から持って行き、しばらく置いていたら膨らんでいたことがありました。
これを守らないと失明の恐れがある・・と書いてあります。
退院時にはまだガスが残っていたので、本当に自宅療養です。

*ガスは入れたばかりはたくさんあるので、目で見ると白く霧のかかった状態で見えます。初めは明暗、次にぼんやりと見えてきましたが文字等は読めません。徐々にガスが抜けて液体(硝子体の中)に入れ替わるそうです。ある程度ガスが抜けてくると見え方が面白く毎日楽しみになってきます。(眼帯等を外して見るのは朝の診察時と4回の点眼時です。)術後1週間が過ぎたあたりから水平で物を見ると上の方に黒いものとの境界が見えます。日ごとにその境界が下がってきて上半分は黒っぽく、下半分は白っぽいものを通して物が見えます。前に書きましたが目は見えるものが逆なので上の黒っぽいものは液体(硝子体)、下の白っぽいものは眼内ガスです。下に見えるのは実際は上側のガスということです。
ガスもだんだん少なくなってくると、顔を下向きにして見るとコップ等に水を入れてゆすった時にゆらゆら見えるのと同じような状態になり、顔をゆすっては確かめていました。それがだんだん円のように徐々に小さくなりそこだけゆすると動いていました。最後は水滴のような感じになり気がつくと無くなっていました。これがガスが抜けたと言うことです。

退院以降の注意点等、先生に伺いましたが生活のしかたについてははっきりとわかりません。
・入浴は可。頭も洗っても良い。(常識として目に水をかけないようにですよね)
・目薬は1日4回点眼する。(目薬は予備に支給)
・1ヶ月は安静にして、普通の生活はしてもよい。(良くわかりません、静かにしてろということですね。)
・重いもの、自転車、運転等は避ける。(守りました)
・目のゆがみ等は3ヵ月位で治まった人がいます。(完治するとは言いませんでした。微妙です。)
 かかりつけの先生はゆがみについては数ヶ月~数年単位で考えてくださいということでした。
・スポーツや激しい動き、ガテン系、運転の仕事等は3ヶ月はNG。
 (草刈機の振動は?頭を左右に早く動かす動作は駄目らしいです。)

結局、普段自分が生活している動作はほとんど禁止のようです。経験のない生活で不安です。

ちょうど手術日に家の立替工事(解体から)も始まったそうで、退院したときには前の家は跡形もなく更地になっていました。眼帯をしながら地鎮祭をしました。(見たら涙が出そうです)
従って、療養生活もアパート暮らしとなりました。

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2011
07.05

網膜剥離日記 (3)

Category: 健康
手術当日
朝8時に病棟の看護師さんが点眼にやってきて、暫くしてからヘルパーさんが車椅子でお迎えに来ました。眼科外来に行き診察です。本日手術される方が他に5~6名いまして仲間です。(私を除いて白内障の手術の方がほとんどでした)
名前を呼ばれ診察室に入り主治医の先生から改めて昨日の精密検査の結果と今日の手術の段取りを説明してもらいました。写真を見るとやばい状態なのがわかります。
それで改めて「ところで私の病名はなんですか?」今頃聞きました。手術の同意書にサインをしながら良く見ると書いてありましたが、説明をしてもらいました。
10年前にレーシックの手術をしていると話したら、検査項目が追加になりました。
かかりつけのY眼科からもデータを急遽取り寄せたそうです。
この時点で視力検査はできる状態ではありませんでした。忘れていましたが影で見えないことのほかに、暗闇でも目の中からぴかっと光が時々見えていました。光視症と言って網膜がはがれるときに見えるそうです。

参考
01_eye.jpg


手術同意説明書から抜粋すると
・左眼 裂孔原性網膜剥離
網膜の裂け目(裂孔)が原因で網膜剥離を起こしており、視野が欠けたり、視力が低下したりしています。網膜剥離が黄班部まで及ぶ場合は極端に視力が低下します。
視力回復のためには早期の手術が必要で、放置すれば最終的には失明してしまう状態です。
02_moumaku.jpg

・手術の目的
網膜の裂け目を閉鎖し、剥離している網膜を元の位置に戻し、網膜機能の回復を図ります。
初回手術で約9割以上は治癒します。(残りの1割だったら?)

・麻酔
局所麻酔で行ないます。

・硝子体手術
硝子体を取り除き、冷凍凝固あるいは眼内レーザー光凝固で網膜裂孔を閉鎖します。
網膜を圧迫し元の位置に戻すために、空気、ガスやシリコンオイルを眼内に入れます。
手術後はうつぶせの姿勢で1~2週間の安静が必要となります。
03_syousitai.jpg


・白内障手術
硝子体手術を行なうと高確率で白内障が進行してくるため、手術中の眼内の操作に水晶体が妨げになってしまうことがあるので行なう。

※なんで白内障?と驚きましたが、硝子体手術は眼の白目の部分に内視鏡のような管を3本入れてぐりぐりやるのでやむを得ません。水晶体は眼内レンズに置き換え可能ですからね。

・合併症
再剥離、出血、感染、眼内レンズの位置ずれ等があります。症状が改善しない場合、処置又は再手術が必要になります。

・手術後の経過
網膜が元の位置に戻れば視野は広がり、多くの場合は視力は回復しますが、黄班部が手術までに剥離していた場合は、わずかなゆがみが残り、視力としては十分回復しないこともあります。

★自分なりにこの手術を理解すると、局部麻酔で眼の白目部分に手術用の器具を3本入れ、硝子体(若いうちはゼリー状だが、年をとってくると液体になり収縮することにより網膜も一緒に引っ張られ剥離を起こす)膜の切除、取り出し、剥離した網膜の修復、水晶体を取り眼内レンズ装着等を行なう手術です。ということで同意書にサインしました。

◎網膜剥離の手術は他には私が以前、飛蚊症で受診したときに受けたレーザー光凝固法、剥離の程度が軽~中程度なら強膜バックリング法(眼球の外側にシリコン等を入れ、強膜から押さえつけて剥離した網膜を修復します)
04_buckling.jpg



手術
朝からいつ手術に呼ばれても良いように、1時間おきに瞳孔を開く目薬を差しに看護師さんがやってきます。
午後3時過ぎにようやく呼ばれ車椅子で手術室に移動です。妻のアケちゃん、娘のユ~コが立ち会ってくれます。病棟の看護師さんも「眼科で緊急手術の人は私は初めてです。」
う~ん、聞くところによると今回手術をお願いする先生は紹介が多く、手術も3~6ヶ月待っての人が多いそうです。それだけ私の目の状態が悪かったということですね。

手術室に入り歯医者の治療台と同様で腰掛けて後ろに倒す手術用の椅子に腰掛けます。
眼の洗浄、消毒、心電図、血圧計等をつけて手術開始です。
局部麻酔ですから音は聞こえます。左眼のほうも光は見えます。
点眼麻酔でほとんど痛みがなくなり、その後注射麻酔をしたのはわかりません。
あまりリアルに実況しても人それぞれですからあっさりと説明します。
前半は見えながらの手術です。多分、硝子体部分でしょうか。ハッブル望遠鏡で見る宇宙の写真が思い浮かびました。赤や紫色のオーロラのようなものに光(レーザー?)があたり、次々に画面が変わっていきます。映画「2001年宇宙の旅」の最後の方のシーンを見ているようで思わず見とれていました。

途中先生が呼びかけます、「石毛さんはビートルズ世代ですよね?」、「良く聞いていましたよ。」
BGMにビートルズが手術室に流れていました。それもDon't let me downです。(私は「落ち込むなよ」と訳します。)その後はビートルズを聞きながらの手術でした。
いきな配慮で感謝です。でも気がつくと背筋が伸びきって、手は握りこぶしです。
手術中は会話をしながらでしたが、リラックスしてくださいと言われてもね~

助手との会話で開始後1時間30分過ぎたようです。
後半戦に突入したようです。もう光の見える状態ではなく、真っ暗で音だけ聞こえる手術になりました。眼の中からはがれた網膜を付けているような気がします。
途中眠くなるくらい丁寧に多くの箇所を処置しているようです。

さすがに疲れてきました。時間もわかりません。目にガスも入ったようです。眼内レンズはいつ入れたかわかりません。なんとなく終わりに近づいたようでほっとしたところで、眼球を強く押されこれが痛かったですね。

無事終了しました。助手の先生と看護師さんに聞いてみました。「私の手術は眼科の中で普通のレベルですか?」、「大手術です!」、「ありがとうございました!」(お疲れ様でした)
手術室を出ると待ちくたびれた家族が待っていました。予定の2時間を過ぎ、3時間の手術だったそうです。

病室に戻ると先生がやってきて「手術はうまくいきました。ただ視力については様子を見ながら対処しましょう。まずは剥離した網膜の位置が元に戻ることを優先しましょう。」ということです。まずは失明しなかったことを喜ぶ段階でしょうか。

入院生活へ続く

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2011
07.04

網膜剥離日記 (2)

Category: 健康
1日前(月曜日) 国際医療福祉大学 熱海病院 眼科へ入院
かかりつけの東横線菊名のY眼科は10年ほど前にレーシック手術を受けましたが、その後問題もなく信頼できる先生の一人です。残念ながら入院設備がないため白内障やレーシック等の日帰り手術については行なえますが、今回の網膜剥離による外科手術は他の病院を紹介してもらうことになります。

自宅から熱海の病院までは、新横浜からこだまに乗って1時間ほどで行けました。
交通費はかかりますが時間は東京の病院とさほど変わりません。
熱海駅からは連絡バス、タクシー、徒歩があります。今回は徒歩で10分ほどでつきました。
海岸に沿って海が良く見える所に病院はあります。遊びなら良いとこです。

病院に着き受付で初診の手続きをして、眼科の外来へ行き待合室で待機です。途中で視力や眼圧の検査で呼ばれ、瞳孔を開く目薬を差してもらい、瞳孔が開くのを待ちます。(20~30分程かかります)外来窓口に着いてから1時間30分位待ち、ようやく呼ばれました。
今回は紹介状を持ってきていて、高野先生(教授)を指名なのですが早い方ですかね。
診察室に入り眼科の診察特有の光を目に当てながら、先生は望遠レンズのようなもので目を診察していきます。眼球を上下左右、斜め方向に動かします。
数分の診察で「新しい穴が開いています。上下に網膜がはがれています。
手術しましょう。・・・」、「いつですか?」、「明日は手術日なので緊急であなたの手術を追加しますので、これから予定を組みなおします。」、「明日入院、手術ですか?」、「できるだけ安静が望ましいので、このまま入院してください。動くたびに網膜に穴が開いたり、はがれたりしています。手続き等は看護師の指示に従ってください。」、「即入院ですか?」(半分覚悟はしてきましたが、家のこととか中途のままで困ったな~)

診察室を出ると看護師さんが入院の説明を始めてくれました。できれば家族の方に来て欲しいということです(入院グッズ等)。パンフレットに必要な物のリストが載っていたので、許可をもらってから携帯のカメラで撮影し妻のアケちゃんにメールで添付し、電話をかけました。彼女も今日は定期健診日で東京の病院に行っています。面倒かけました。
入院手続きは全身の検査(血液、尿、血圧等)をしてから昼食をとり、午後からは眼科に戻り、目の検査です。この検査は一般的な眼圧、視力ではなく、眼球の大きさ、深さ、カーブ等三次元で表示するようなすごいものばかりでした。検査前に何の検査か聞きながら受けたのですが、正確なところは覚え切れませんでした。
一通りの検査を終えてから車椅子で病室まで運ばれました。(もう病室内のトイレ以外は歩いてはいけないようです。)

病室は4人部屋でトイレ、洗面台、シャワー室があり、各ベッドごとにクローゼット、引き出し、テレビ、冷蔵庫がありました。ゆったりです。昔の大部屋は6人位が標準だと思いますが今は変わってきているんですね。しかも差額ベッド代なしの保険適用です。(入院案内を見ると同じ間取りでも海側は差額代がかかります。私の病室は山側で景色は見えません。でも眼科で景色は不要です。)
そうこうするうちにアケちゃんが着替えやパジャマ等を持ってやってきました。(お疲れさまです!)ざっと経過を説明しました。明日の手術は予定されている手術の後に行なうそうで、目安として午後3時半から手術開始で2時間程ということです。
この時点で息子や嫁に行ったばかりの娘にも連絡は行っていました。息子は田植え前で離れることができないし、手伝う予定だった田植えをどうするか心配ですが「一人でもガンバレ!」です。(その後、トモダチがお手伝いしてくれたようで、無事田植えは終わりました。) 娘は立会いに来ると連絡がありました。

※モニターはノングレア液晶なら疲労度が違います。本ブログは当初ノートパソコンで書き込みを始めましたが、1~2時間でギブアップでした。もう駄目なのかななんて弱気にもなりました。
気を取り直して本業で使用している大きい、熱いPCにノングレア液晶モニターで書き込んだところ、ゆがみ等はありますが疲労度が若干違います。外光の反射や映り込みが少なく目には良いようです。
他に疲れないなと感じるのはiPod touch、iPAD2(娘がipod touchでは小さいと買ってくれました)は良いですね。

いよいよ明日は手術です。

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